大判例

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高松高等裁判所 昭和50年(ネ)148号 判決

控訴人

角谷晴市

右訴訟代理人

楠瀬輝夫

被控訴人

大阪屋金物電機工具株式会社

右代表者

松村幸之

右訴訟代理人

河村正和

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴会社に対し、金三三四万七五〇〇円及び内金二二九万七五〇〇円に対する昭和四八年九月二六日以降、内金一〇五万円に対する同年一一月一日以降右各支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

被控訴会社のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審共控訴人の負担とする。

この判決は、金員の支払を命じた部分に限り、被控訴会社において金五〇万円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴会社の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上法律上の主張、提出援用した証拠、認否は、次に付加する外は、原判決事実摘示の通りであるから、これを引用する。

(被控訴会社の主張)

一、控訴人とその兄の訴外角谷邦一とは互いに労務或は資金を提供して、電気機器の販売、電気工事の請負などの共同事業(商行為)を営むための組合契約を締結し、角谷電機商会の名称を用い共同して、電気器具の販売、電気工事の請負などの商行為を営んでいた商人であつて、控訴人は、右組合の業務の執行として被控訴会社から継続的に本件商品(原判決事実摘示請求原因三に記載の商品)を買受けたものであるから、右売買代金債務について、控訴人は、訴外邦一と各自連帯してその支払の責に任ずべきである(商法五一一条参照)。

二、仮りに右主張が認められないとしても、控訴人は、被控訴会社との本件商取引に当り、被控訴会社に対し、角谷電機商会は、電気機器の販売、電機工事の請負などを主たる営業目的とする会社であつて、法人格を有し、兄邦一はその社長であり、控訴人は、その専務取締役であつて、兄邦一と控訴人とが共同で右会社を経営しているように装い継続的に本件商品の買受けの注文をしたので、被控訴会社は、控訴人の申出通り、角谷電機商会は、法人格のある会社であつて、兄邦一は同会社の社長として、また、控訴人は、同会社の専務取締役として、右両名が共同で角谷電機商会なる会社を経営しているものと信じて、控訴人の前記注文に応じ、角谷電機商会を買主として本件商品を売渡したものである。ところが、現実には、角谷電機商会には法人格がなく、独立して本件売買代金の支払債務を負担する権利能力がなかつたから、控訴人は、民法一一七条の類推適用により、兄邦一と各自連帯して被控訴会社に対し、本件売買代金を支払う義務がある。

三、仮りに右主張が認められないとしても、控訴人は被控訴会社に対し、その兄の邦一と共同で角谷電機商会を営んでいると称し、控訴人及び邦一を共同の買主として本件商品の買受の注文をしたので、被控訴会社は、控訴人及び邦一を共同の買主として本件商品を売渡したものであるから、控訴人は邦一と各自連帯して本件商品の売買代金を被控訴会社に支払う義務がある。

(控訴人の主張)

一、被控訴会社の右主張は争う。

二、控訴人は、訴外角谷邦一の従業員に過ぎないのであつて、角谷電機商会が被控訴会社やその他から買受けた商品代金につき、控訴人自身が一度もその代金債務を負担したことはない。したがつて、本件について控訴人が商法五一一条による連帯責任を負担する余地はない。

(証拠関係)〈略〉

理由

一被控訴会社が、金物、機械工具、電動機器の販売を主たる営業目的とする株式会社であることについては、控訴人において明らかに争わないから、これを自白したものと看做す。

二次に〈証拠〉によれば、被控訴会社は、控訴人がその専務取締役と称する角谷電機商会を法人格のある会社と考え、同商会を買主として、原判決事実摘示請求原因三に記載の通り、昭和四七年一一月八日から同四八年七月二日までの間に、前後一一回に亘り、電機器具であるアンマン合計三九〇台を代金合計金六〇八万七〇〇〇円で売渡したこと、右代金は、毎月二〇日締切、その月の月末から三ケ月後に手形で決済して支払う約定であつたこと、ところが、右角谷電機商会には、法人格がなく、それ自体は権利義務の主体となる権利能力がなかつたこと、以上の如き事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

三被控訴会社は、控訴人は、その兄である訴外角谷邦一と互いに労務或は資金を提供して電器機器の販売、電気工事の請負などの共同事業を営むための組合契約を締結し、角谷電機商会なる名称を用い、右邦一と共同で電気器具の販売、電気工事の請負などの商行為を営んでいたものであるから、前記二の売買代金を支払う義務があると主張するが、右被控訴会社主張の如く、控訴人がその兄の角谷邦一と組合契約を締結し、共同でその事業を行なつていたことを認め得る的確な証拠はなく、却つて、〈証拠〉によれば、前記角谷電機商会は、もともとは、控訴人の兄である角谷邦一が経営していた同人の個人商店であつて、控訴人は、右邦一と被控訴会社主張の如き組合契約を締結したこともなければ組合のためにその事業を遂行していたようなこともないことが認められる。してみれば、右組合契約に基づき、組合のためにその事業を遂行していたことを前提とした被控訴会社の主張は、その余の点につき判断するまでもなく失当である。

四そこで次に、控訴人が、被控訴会社主張の如く、民法一一七条の類推適用により、前記二の売買代金の支払責任があるか否かについて判断する。

〈証拠〉を綜合すると、次の如き事実が認められる。すなわち、(1)控訴人の兄の角谷邦一は、かねてから角谷電機商会なる商号を用い、高知市知寄町で電気機器の販売と電気工事の請負を営んでいたところ、控訴人は、高校を卒業して間もなくの頃から、右邦一の許で店員として働いていたが、その後昭和四四年頃独立し、高知市内で家庭電器製品、マツサージ器等の販売業を営んでいたこと、(2)ところが、控訴人は、昭和四七年夏頃、多額の債務を負担して倒産したので、その後は再び兄の邦一の許で働くようになつたところ、控訴人が右の如く、再度邦一の許で働くようになつてからは、右邦一は、自己の営む角谷電機商会内に、新たに工事部と商事部との二つの部門を設け、邦一が工事部の責任者としてその従業員と共に電気工事の請負関係の業務を担当し、控訴人が商事部の責任者として、その従業員と共に電気製品の仕入れ、販売等に関する一切の業務を担当するようになつたこと、そして、日頃から対外的に邦一は角谷電機商会の社長と称し、また、控訴人は同商会の専務と称しており、対内的に従業員も控訴人らをそのように呼んでいたこと、なお、邦一及び控訴人を除く当時の角谷電機商会の従業員は約六名であつたこと、(3)ところで、控訴人は、昭和四七年一一月初め頃、兄の邦一の指示基づき、金物、機械工具、電動機器等の販売を営む被控訴会社を訪れ、被控訴会社に対し、角谷電機商会のために、被控訴会社から継続的に電気器具であるアンマンを購入してその取引をしたいとの申込をしたが、その際、控訴人は、被控訴会社の代表者松村幸之に対し、角谷電機商会は、控訴人の兄の邦一と控訴人とが共同で経営している会社であつて、工事部と商事部とがあり、兄の邦一が社長で、工事部の責任者としての業務を担当しており、また、控訴人は、専務取締役として商事部の業務を担当し、角谷電気商会のために、商品の仕入れ等に関する一切の権限を有しているという趣旨のことを述べ、角谷電機商会は、実際には、兄の邦一個人が経営している個人商店であつて法人格はなく、控訴人が、右邦一の一使用人であつて、その代理人として右取引の申込をするものであるというような趣旨のことは全くいわなかつたこと、(4)そこで、被控訴会社も、右控訴人の言を信用し、角谷電機商会は、控訴人の兄邦一と控訴人との兄弟が共同して経営しているいわゆる個人会社であり、控訴人は、その専務取締役であつて、商事部の責任者として角谷電機商会のために商取引をする権限があると信じ、控訴人の前記申込に応じ、角谷電機商会を買主として継続的にアンマンを販売することにしたこと、そして被控訴会社は、前記の通り、角谷電機商会を買主として、昭和四七年一一月八日から同四八年七月二日までの間に、前後一一回に亘り、合計金六〇八万七〇〇〇円相当のアンマンを売渡したが、右のうち、原判決事実摘示請求原因三の(10)を除くその余の取引の申込はすべて控訴人自身が被控訴会社に直接その購入の申込をしたものであり、また、右(10)の取引についても、邦一が控訴人の意を受けてその購入の申込をしたものであること、(5)なお、右取引の期間中に被控訴会社が売渡した商品の多くは、角谷電機商会の店舗から若干離れたところにある控訴人方の住宅兼用の倉庫に納められていたし、また、控訴人不在のときは、被控訴会社の係員が持参した商品の納入が円滑にいかなかつたこともあつたこと、そしてさらに被控訴会社の係員が右商品代金の集金に訪れた際も、控訴人と邦一とが共に不在のときは勿論、邦一がいるにも拘らず、控訴人が不在であれば、その支払が受けられなかつたもので、右代金の支払もすべて控訴人の指示に基づいてなされていたこと、以上の如き事実が認められ、右認定に反する原審及び当審における控訴人本人尋問の結果はたやすく信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

してみれば、控訴人は、被控訴会社に対し、角谷電機商会は、邦一と控訴人とが共同経営をしているいわゆる個人会社であつて、控訴人はその専務取締役をしており、右角谷電機商会のために商品を購入する権限がある如く装つて、右商会のために被控訴会社から前記二に認定の商品を買受けたものであり、また一方、被控訴会社も、右控訴人の言を信じ、角谷電機商会は控訴人と邦一との共同経営にかかる会社であつて、その専務取締役と称する控訴人には同商会のために取引をする権限があると信じて、角谷電機商会宛に右商品を売渡したものというべきである。しかして、このように実在しない会社の専務取締役と称し、その社長と共同して右会社を経営しているように装い、右会社の名において取引をした者は、実在人のために代理したものではないから、本来の無権代理人ではないけれども、民法第一一七条の類推適用により、右取引上の債務についてその責任に任ずべきものと解するのが相当である。けだし、民法一一七条は、元来、実在する他人の代理人として取引をした場合の規定であるけれども、同条は、代理人の代理権を信じてこれと取引をした相手方を保護する趣旨の規定であるから、この規定の趣旨に照らし、実在しない会社の代表者として取引をした者は、右同条の類推適用によりその責任を負うべきであると解すべきところ(最高裁判所・昭和三三年一〇月二四日判決、民集一二巻一四号三二二八頁参照)、実在しない会社の名において取引をした者が同会社の専務取締役と称し、社長と共同して右会社を経営している如く装つて取引をした場合も、会社の代表者として取引をした場合も、当該会社が責任を負わない点においては、何等異らないからである。

そうだとすれば、控訴人は民法一一七条の類推適用により、被控訴人が角谷商会を買主として売渡した商品代金を支払うべき義務があるものというべきである。

五次に、前記二に認定の売買代金のうち、原判決事実摘示請求原因三の(5)に記載の売買代金については、その後被控訴会社において金八万七〇〇〇円の値引をしたこと、また、被控訴会社が売渡した前記アンマンのうちその後計一一台、金一七万万二五〇〇円相当の返品があつた外、右売買代金に対する一部弁済もあつて、結局、前記売買代金合計金六〇八万七〇〇〇円のうち、現在の未払残高は、金三三四万七五〇〇円であることは、被控訴会社自らの認めるところである。

ところで、本件の継続的な取引による売買代金の支払は、毎月二〇日締切り、その月の月末から三ケ月後に支払う約定であつたことはさきに認定した通りであり、また、弁済の充当は、さきに弁済期の到来した債務から順次充当さるべきであるから、(民法四八九条参照)、原判決事実摘示請求原因三の(10)(11)に記載の各取引にかかる売買代金は、前記一部弁済により弁済の充当はなされておらず、また、その支払期限は、昭和四八年一〇月末日であつたというべきである。

六そうだとすれば、被控訴会社の本訴請求は、控訴人に対し、本件売買残代金三三四万七五〇〇円及び内金二二九万七五〇〇円に対するその弁済期後である昭和四八年九月二六日以降、内金一〇五万円に対するその弁済期の翌日である同年一一月一日以降右各支払済に至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損金の支払を求める限度で正当であるが、その余は失当である。

よつて、右と変る趣旨の原判決は一部不当であるからこれを変更して、被控訴会社の本訴請求を右の限度で認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用につき民訴法九二条を仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文の通り判決する。

(秋山正雄 後藤勇 上野利隆)

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